図書情報室

イラストで出会う 女性たちのいる美術史 ―隠されてきた「偉大な」芸術家の物語―

イラストで出会う 女性たちのいる美術史 ―隠されてきた「偉大な」芸術家の物語―

15/リ

李君棠/著

フィルムアート社

「偉大な」芸術家、と聞いた時、あなたは誰を思い浮かべるだろうか。そこに、「女性」は存在するだろうか。思い浮かばなかったとすると、「偉大な」女性芸術家は「存在しなかった」のだろうか。
本書はこの問いに、13世紀から現代にいたる23人の女性芸術家を、彼女たちのいた時代背景とともに考察することで答えている。私たちは本書を通じて、各時代の女性芸術家がどのようにして社会や個人の生活の限界を乗り越え、世界を描く新たな方法を提示し、驚くべき作品を創造してきたかを知ることができるだろう。
豊富なイラストとマンガで綴られた本書は、同時にフェミニズムの視点から、女性たちを美術史から退けてきた社会の構造や制約を解き明かしている。

上野さん、主婦の私の当事者研究につきあってください

上野さん、主婦の私の当事者研究につきあってください

62/ウ

上野千鶴子、森田さち著

晶文社

主婦として家事や育児を担う中で感じるモヤモヤや苦しさを、「当事者研究」という形で見つめ直し、上野千鶴子との対話を通して社会の問題として考えていく一冊である。個人の性格や努力の問題とされがちな悩みが、性別による役割分担や、家事労働が正当に評価されていないことと深く関わっている点がわかりやすく示されている。主婦の声を大切にし、誰もが対等に家庭と社会に参加できるあり方を考えるきっかけを与えてくれる。

AはアセクシュアルのA ―「恋愛」から遠く離れて―

AはアセクシュアルのA ―「恋愛」から遠く離れて―

78/カ

川野芽生/著

リトルモア

「恋愛してこそ一人前」という無言の圧力が満ちる社会で、本書は研ぎ澄まされた知性と透き通った言葉でその規範を解体する。アロマンティック/アセクシュアルである著者が綴るのは、他者に自身の輪郭を預けず、一個の独立した存在として立つことの誇り高い宣言である。
友情を恋愛の下位に置く序列や、「良かれと思って」投げかけられる善意の暴力を鋭く問い直す一方で、本書が提示する「ひとりの自由」はどこまでも美しい。恋愛というルールを通さなくても、私たちはもっと豊かで自由な世界と繋がれる。社会の「当たり前」に息苦しさを感じ、自律を願うすべての人に、ひとりで立つ勇気を授けてくれる一冊だ。

男性のいない美術史  ―女性芸術家たちが描くもうひとつの物語―

男性のいない美術史 ―女性芸術家たちが描くもうひとつの物語―

15/ヘ

ケイティ・ヘッセル/著、鮫島圭代/訳

パイインターナショナル

ルネサンスから現代までの400年以上にわたる女性芸術家たちの作品の数々を、フルカラーで紹介する。掲載された300点もの作品を見て、初めて知る名前のなんと多いことか!
「歴史」の分野で登場人物が男性中心であることは当然で、そのことを疑問に感じたりするよりは、あきらめの方が大きかったように思う。そこで、本書のように、今まで注目されてこなかった女性たちの働きに注目されることが嬉しいのだ。これは美術史に限ったことではない。
厚みも重みも相当な本書は―貸し出しも可能ではあるが―、ぜひ、ご来館のうえ、ゆっくり閲覧されることをお勧めしたい。

到来する女たち ―石牟礼道子・中村きい子・森崎和江の思想文学―

到来する女たち ―石牟礼道子・中村きい子・森崎和江の思想文学―

108/ワ

渡邊英理/著

書肆侃侃房

九州に縁のある三人の女たち-石牟礼道子・中村きい子・森崎和江-は雑誌『サークル村』に集い、資本主義と家父長制の二重の抑圧の中で自らの言葉を書き綴ることを始めた。それは女の思想のはじまり、わたしたちのフェミニズムのはじまりだった。本書は三人の表現を思想文学として読み解き、それぞれの個別活動の交差する地平を検討し、聞書きという受動と能動のいずれもがたたみ込まれた行為の可能性を追求している。
孤立させられ沈黙を強いられてきた女たちの声は不揃いのまま結びあい「わたし」が「わたしたち」になる。余韻ある結びの一文まで引き込まれ、読み手の心に大きな力が到来する一冊である。

リプロダクティブ・ジャスティス ―交差性から読み解く性と生殖・再生産の歴史―

リプロダクティブ・ジャスティス ―交差性から読み解く性と生殖・再生産の歴史―

81/ロ

ロレッタ・ロス、リッキー・ソリンジャー/著

人文書院

「産む/産まない」を選択する権利は、あらゆる人に保障されるべきである。しかし、すべての人がその権利を行使できているのだろうか。例えば、貧困を理由に避妊や中絶をせざるを得ない女性は主体的に“産まない”選択をしていると言えるのだろうか。本書はアメリカの人口政策、裁判の歴史を元に、人種、階級、ジェンダー、障害、国籍、セクシュアリティなどの要素が交差する地点で、家族を持つ権利の抑圧と、生殖をめぐる不平等がどのように生まれてきたのか明らかにする。
生殖を「自己責任」や「個人の選択」として語る言説に疑問をもつ読者に、本書はその前提を問い直す確かな視座を与えてくれる。